読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

もっとゆっくりしたい

忙殺される日々の心のオアシスを探すブログ

学生のうちにしかできないこと

考えごと

今日は大学の食堂にランチに行った。ふいに「学生の頃に戻りたいなぁ」という気持ちになる。

大学生のとき、4年生の前期に単位をほとんど取り終わった私は「学生のうちにしかできないことをやろう」と決めた。「学生のうちにしかできないこと」ってなんだろうと思った私は、まずはやりたいことを書き出して考えてみた。

長期旅行・・・社会人になってからでも覚悟さえ決めればできる。転職の合間とかにも。

留学・・・これも社会人になってからでもできる

アルバイ・・・いつでもできる

遊ぶ・・・社会人になってからでもできる

いろいろ考えたのだが、大抵のことは社会人になってからでもできることであり、「学生のうちにしかできないこと」ではなかった。

 

そこで行き着いたのが

 

「普通に学校に通って勉強して、友達と学食とかでおしゃべりして時間を過ごすこと」

 

だった。

 

「学校に通って勉強する」というのが学生のうちにしかできないことであり、今を逃したら一生できない可能性が高いと思った。そして、同じ世代の友達と気軽に顔を合わせて過ごせるのも学生のうち。なので、私は4年生後期が一番真面目に学生生活を送ったかもしれない。

 

友達と肩を並べて授業を受ける。終わった後は授業について話したり、他愛のないお互いのことを話したり。
授業が終わったら、サークルの部室に行って、たまたま居合わせたメンバーとまた話して。
ほぼ単位を取り終わった後だったので、本当に興味のある授業だけを取っていたのも良かったのかもしれない。「もっと勉強したいなぁ」という気持ちが沸々と湧いてきたのもこのときだった。(現に、当時から書いている手書きの日記に「もっと勉強したい」と書いてある)

 

この「普通の学生生活を送ろうと決めて送った学生生活」が私の中では一番充実していた学生生活だと思う。

もちろん、自分なりにサークルに一生懸命になってやっていた時期も充実していたのだけど、それは「学生のうちにしかできないことをやっておこう」という目的意識ではなく「○○について勉強しよう」という目的意識だったから、「充実した時間」であったことは確かだけど「充実した学生生活」とはちょっと違う。まぁ、学生だからそれだけの時間を遣って打ち込めたっていうのもあるけど。


ここまできてなにが言いたいのかというと、大学を卒業して10年くらい経った私が大学の学食でごはんを食べながら、周りにいる学生たちに心の中で「無駄な時間を過ごさず充実させてほしいな」とか思うわけだけど、「無駄な時間」とはなにも考えずにただ消費していく時間のことで、目的や「あの時間はかけがえのないものだった」という振り返りがあれば、学食で他愛もないことを話している時間だって全然無駄ではなく、とても大事な時間になるということ。

 

私は、4年生後期に過ごした学生生活のおかげでそのときに過ごした友達と今も良い関係でいられるし、社会人になって遠いところに離れていたりなかなか時間が合わずに会えなくなった今となっては、あのときに真面目に学校に行って一緒に学食でごはん食べたり授業受けたりしておいてよかったぁと思っている。

友達と過ごす普通の学生生活が、無駄な時間とならないように過ごしてほしいなぁと思ったのでした。